voices from players

from actors’ playground 11th w/井上裕朗


- 今回参加してみて、まず素敵だなと思った事が、皆さんの自主性でした/一緒にこの場を作り上げて行こうという素敵な空気でした/ベテランも若手も皆さんが思い切ってトライをする勇気を持った方達ばかりで、そしてそんなトライを受け止めてくれる方達で、そんな瞬間を目の当たりにし続けて、改めて演劇を観る楽しさもやる楽しさも気づく事が出来ました/それと、上手く言えないのですが、初めて人と「出会う」感覚になりました。単に同じ場に居るだけとか、仲良くなったとか、そう言うことではなくて、出会った!と言う感覚がありました。それもまた幸せな事でした。


- この一週間。本番のためではなくて作品のためにまっすぐに向き合って、お互いを称えあって、お互いを信じあって空間を作る「ヒト」を目にしたとき、鳥肌が立ちました。何度も、鳥肌が立ちました。


- 育った環境もキャリアも何もかもが違う人たちが一堂に会し何かを生み出す現場はフリーで活動する自分にとって楽しみであると同時に恐怖心があります。何故なら、必ずしも産みの苦しみを共有できる同輩とは限らないからです。本番に向けてなるべく近道を省エネで済ます風潮がどの現場にも少なからずあってそれは間違いではないのですが色んなアプローチを試せる時間は限られてきます。だから遊び場の存在がありがたかったし、発表という本番とも違う緊張感溢れるその時も「話すこと、聞くこと、感じる事」に重点をおけたのだと思います/今回集まったみなさんは何かが産まれる瞬間、そのためならば苦しみを厭わず飛び込む事を怖れなかった人たちだと思います。そして真剣に面白がる人たちでした。それだけで僕はなんだか泣けてきちゃうし、自分もみんなみたいに頑張ろうって思う、幸せの連鎖がおきていました。


- playgroundは、年齢や経験など関係なしに皆フラットでお互いを尊重し、チャレンジに対して認め合い、前向きなエネルギーに溢れた場でした/たった7日間でしたが、役者が変わっていく過程を目の当たりにし、意見や感想を言い合い 、皆と創って行ったという充実感がありました。


- 舞台に立つという経験が著しく浅い僕にとって、1から戯曲読解をして、解釈を共有して、それをもとに立ち稽古を行い、通しとして発表するということが舞台を作っている楽しさとリンクして、1場からとてもワクワクして観られました。繋ぎも緩やかに進行していて、個人的にスタジオの雰囲気がどんどん良いものになっていくのを感じました。本当に素敵なシーンばかりでした。


- 読解が、私にはとても新鮮でした。どうしても言葉のひとつひとつや、聞きなれない言葉や、単語などには作者がどういう意味を込めてこの言葉を選んだのだろうか、とか、行間と行間の間には何があるのだろうかとか、考えてしまうので、それをまずシンプルに行動だけを追っていく。言語化して、誰が誰をどうすると満足か。幸せか。として行く事で、知らぬ間にイメージ化されてしまっていたシーンが、全然未知のものへと可能性を広げて行くのが大変興味深かったです。


- actors' playgroundに参加して思ったのはやはり参加者は皆、自ら応募してお金を払って、時間を割いてる俳優たちなので当然向上心があり、意欲的な人たちに囲まれる生活になる訳で刺激的な時間を過ごせるのは当然の結果でした。そして基礎的なことですが、最も大切で現代社会の中で過ごしていると疎かになる「聞く、話す」ということから改めて再認識させて貰ったり、個人的な癖を指摘して頂きました。また様々なエクササイズをしてからシーンを立ち上げることでここまで人は変わるのかと驚きがあったり、エクササイズを通じて、「相手に影響される、し合うこと」が大切だなと感じました。


- 公演をするわけでもないのに、良い作品作りに打ち込めたのは、凄く楽しく、また改めて自分を見つめ直すきっかけになりました。まだまだまだまだ、どこまで演劇は果てしない/シンプルなことの大切さも、凄くわかって楽しかったのですが、人間は、シンプルでありながら、複雑、シンプルだから複雑?なのも改めて感じました。


- やっぱり奇跡みたいな瞬間が沢山ありました。それを目撃できて嬉しかったし自分もそんな風に前進し続けたいと思いました。


- 戯曲の理解も、相手との会話も、様々な意識するべき事とされているものも、足枷ではなく自分への手助けとして捉える、という考え方は、今回1番響いた言葉だったかもしれない。凄く楽になったし、これ聞いて救われる役者って絶対沢山いると思いました。


- 『目の前の相手とちゃんとかかわる』当たり前の事だけど、当たり前すぎて疎かにしてしまうこの事がどういう事なのか?それを考えられる貴重な時間でした。


- 最初に二日間じっくりとみんなで解釈を共有する時間はとても良いと思いました。単純にどのようにシーンを演じればいいのか方向性が明確になるのと、どのように解釈をすればいいのかという考え方が分かるので、その後自分たちの力でシーンを具体的にしていくことができるようになるのではないかと感じました/最後の発表でも思ったことですが、ぼくが思っている以上に、演技というのはもっとカラフルで、彩り豊かで、人間というのは非常に多層的で、様々な可能性を探れるんだな、というのを思いました。そういう多面性が見えると、「人間がそこにいる」と観てる側からも思えるんだなと学びました。


- 本当にこの7日間は多くの気づきがあり今後の私の役者人生に大きな存在となりました。本当に本当にこの遊び場を作ってくれてありがとうございました。こんなに愛おしくてたまらない時間をありがとうございます。感謝と悔しさでいっぱいです笑。最初の1分間スピーチでスタートするのが楽しかったです。


- 朝のフィードバック、話したいことを話す時間がとても素晴らしかったです。稽古場に来て、稽古をするまでに自分と周囲の人々の状態を知ることができるのはとてもよい時間でした。自分の声がどう伝わり、どういう反応がもらえるのか、また、相手の言葉がどう聞こえ、どういう印象を抱くのか、それから、その日の全体の空気、関心がどこにあるのか、全体としてどういうことを今日大切にすべきかなどとても多くの情報を得ることができ、かつ、自分の感覚の調整にもなり稽古に入りやすくなりました/名前を呼び合うエクササイズはどのチームも観ててこちらの心が動かされました。必死な人の姿はそれだけで心打たれるものだと感じましたし、何より登場人物たちの心のうちはこれほどまでに大きな愛と苦しみに溢れているということを、実際に目撃できる良い瞬間でした。戯曲の解釈や想像では補えない、人と人がぶつかり合って生まれるエネルギーが体験できるのはああいうエクササイズのおかげだと思いますし、参加者全員にとってシーンに臨む上でそのエネルギーがかなり重要な役割を持っていたと感じました/何より心に残ったのは、相手の心を動かすということです。相手に対してどうすれば心を動かすことができるのか。このことを1番考えました。そのために状況や相手の心理を想像したり、言葉と向き合ったりして、とにかく戯曲の言葉を使っていかにして相手を動かす行動ができるかを考え続けました。戯曲の解釈に沿って、相手の心を動かすためにどうするかを考えるということが何より大切だと実感できたことが大きな収穫です。そういう行動が相手役に変化をもたらし、関係性に変化をもたらし、シーンに変化をもたらすのだと。そして何よりそういうことを考えるのはとても楽しいという事実もこの場所で得た宝物の一つでした。

from actors’ playground 10th w/井上裕朗


- 私が参加できたのは、2日間ですが、本当に素晴らしい経験ができました。たくさんの感動的な体験、気づき、学びがあったのですが、その中で特に大切だと感じたのが、「どうやってその場に参加するか、どうやって自分という実体をもってそこに存在するか」「自分を安全な場所に置かずに、場に参加する、感性を研ぎ澄まし反応し続ける」ということでした。自分を開いて、自分がちゃんとそこに存在すること、その場に居る人を感じ、ちゃんと発信されたものを受け止めること。演劇に限らず、日常生活においても大切なことでした。私はこれを数日かけて理解し、最終的な答えとして「誠実であること」が何より大切だということに気がつきました。あの場は全員の、WSに対して、参加者に対して、台本に対して、稽古場に対して、とにかくみんなの誠実な思いがぱんぱんに詰まっている場でした。


- まずお伝えしたいことは、3年前よりも、遊び場という空間が、ずっとずっと素敵になっていたことです/ちょうど3年ぶりの参加となりましたが、その時よりも、ずっと風通しの良い、豊かな空間になっていたと感じています。それは参加していたみんなのスタンスがとても前向きだったこと、特にB参加の方や、見学にいらして頂いた方も積極的に意見を出してくださったことが大きい要因だと思いますが、そういう環境になったのは、やはりひろおさんが、ずっとオープンに、責任と愛を持ってわたしたちと向き合ってくれたからだと思っています。この3年という月日の中で、遊び場という場所は、強くなったんだなと感じました。


- 改めて演劇というのは、人と人がやるもので、自分だけではどうしようもないのだと分かった。信頼関係を築く事、それを築くための正しい努力の仕方。それを見ることが出来て、とにかく良かった。特に、エクササイズは目から鱗で、今の関係の中で無理をせず、ただ一歩だけ積極的に進んでみよう、というスタンスが信じられた。


- 皆が同じ役者達の遊び場としての共通認識をもって、信頼しあって、許しあって、時には率直な意見などの厳しさもあり、でも、あの空間や時間を良いものにしよう、良い役者達の挑戦の場にしようという、メンバー全体に対しても、お芝居自体に対しても、兎に角、愛に満ちた空間だったと感じました。毎朝のフィードバックの時間は皆の言葉を聞いていて、勇気付けられたり、素晴らしいコメントに逆に自分へのプレッシャーになったり、そこだけでもとても気持ちの動く時間でした。でも、どんなコメントにも暖かく聞いてくれるあの場の仲間たちに、「ああ、今日も大丈夫だ」と許された前向きで自由な気持ちになりました/発表自体に対しては、本当に実際の本番ではない中、それでもある特別な緊張感の中兎に角、役者全員の意識が一本の線に繋がってると言うか、誰一人、自分の為にプレイするのではなく、シーンの為、相手役の為、前のシーンから受けて次のシーンに繋ぐ為にプレイしているのを強く感じました。とても感動的でそこに居ることに幸せを感じました。


- セリフをかなり表面で見ていたなと解釈の時間で思いました。その役がセリフを言うことの前提として水面下に抱えているものをしっかり浮かび上がらせることが大事で、目からウロコだったのは、「目的が達成できるなら、そこでそのシーンないし戯曲が終わってしまう」という一言でした。目的が達成できないから役がセリフを交わし続けているんだ、というのは全くない視点だったので、それまで雲にかかっていたような戯曲がとても澄んで観れるようになりました。戯曲の本質的に求めている目的とかが曖昧なうちは、役の理解できないところは、ちょっと特別な人にすることで距離をとって理解できないことに蓋をしてしまっていたことが今までもあったけど、それも違うなと気づけたし、とにかくとにかく、シンプルで力強い目的を持つことが、その目的が事実と推測されることを元に導き出される確固たるものであることが非常に大事なんだと思いました。目的が確信を持てるものだと、シーンで相手に向かう時に最初の段階で迷うことがなくてすみました。解釈が宙ぶらりんの状態だと目的もブレるし、本当に大事だなって。解釈に不安がない状態でシーンに臨めたことは本当に力になりました。


- 自分がやったものだけではなく人のを観ていても、シーンに入る前のエクササイズは全部とても有効的だったと思います。てかむしろ、あれをやればどんな現場もまず上手くいくのにと感じた。最初相手のことなんて知らないんだから。ああやってちょっとずつ近づいていく以外にいい方法なんてあるのかなって。稽古後飲むとかも大事だと私は思うタイプなのだけど、それプラス、自分なのか役なのか今はどっちだろうというわけわかんないところで距離を詰めていくエクササイズ、素晴らしいと思いました。


- あのような環境で、役者同士が集まるという経験が無かったので初めは戸惑いましたが、いつも一人でやっている作業(脚本の読解、役の理解、肉付け)を別の角度からの考えを聞ける事がこんなに広がる事なんだなぁ。と実感しました。


- 自己紹介は本当に核になってると思います。空間の共有、相手を知ること、自分を伝えること、自分を受け入れてもらえること、今日の自分を受け入れること、これからこの場に入っていくというこ、など全てがありました/今回名前を呼ぶエクササイズをいろんなパターンやったと思いますが、どれもとても必要なことがシンプルに体験できたと思います/今回のメンバーは本当に何も言わなくても能動的な人が多く、それはなぜだろうと今も考えています。押しつけがましくそうあったのではないあの状況がどこでも普通になったらいいなと思っています/サポートメンバーも凄く凄く良いと思いました、あの立場での参加も興味あります。個人的に、俯瞰してみることで学ぶことが多い方なのでいつかサポートメンバーでも参加したいです/最後の作品通しを見て、本当に前のシーンから得られることの大きさを知れたことと、演じる人達が作品にのることその人達の関係性、その人達の言葉として聞こえてくることが本当に素晴らしく豊かなシーンになっていたと思います。


- 「演技に正解はない」とはよく耳にするのですが、この場で見たもの、裕朗さんが求めているもの、皆さんが目指しているものが、僕にはとても信じられて、シーン稽古も集中して観たいと思わされ、それが観ていて本当に心を動かされるものであったため、とても衝撃的な演技体との出会いでした/とにかくあの場にいる皆さんを信じたいと思いました。信じて、相手が傷ついてしまうかもしれないし、ややもすると嫌われてしまうかもしれない(僕にとってとても悲しいことです)けれど、相手を動かしてみたいと、相手の人生に干渉してみたいと、本気で思いました。

from actors’ playground 9th w/井上裕朗


- 今回、久しぶりにplaygroundに参加して、演出家のWSだとジャッジを気にしてしまう部分がないのは良いなと改めて感じました。参加した俳優自身の責任で前に前に進めて行かなくては何も生まれない面では厳しい場でもあるとも思います/あと今回相手のためにやるは役を演じている時だけでなく、役者同士でも相手のことをちゃんと見て相手のおかげでできてると言えるって大事だなと。お互い認め合うことでまず、繋がれる。それも強く感じました。


- こんなにストイックに、芝居というものを追求する場というのは正直、実践の現場にはないので、とても有り難い1週間でした。そしてなにより、お互いへの尊重が存在していたこと、芝居の外で傷つける・傷つけられるようなことが皆無だったことがとても嬉しかったです。どんな人にも素敵なところがあって、それが見えた時の嬉しさ。きょう移動中の電車のなかや街中でも、自分の人々を見つめる目が、全然いつもと違うのを自覚しました/私の好きな尊敬する俳優は皆、人をジャッジしたり切り捨てたりしない、愛の溢れる人ばかりです。そして、それこそがその人となりとなり、その人の芝居に出るのだなと本当に心底思います。上手い下手とかではなく、ただそこにいる人の強さには、誰も叶わないということ。それを改めて感じました。


- まず、自分には知り合いのいない空間に飛び込むと言うのはやはり怖い体験でした。でも私にはそこに踏み出せる、よく言えば勇気、悪く言えば無責任さがあってよかったなと思っています。このactors’ playgroundでは、「俳優として誠実であることとは何か」を学べたと思っています/あの空間はとても研ぎすまされていて、嘘を付いても確実にバレるなと、「うまく見られたい」という欲は最初の段階で放棄しました。日々演劇をしていると、誰よりも良い芝居がしたい!と意気込んでしまうものですが、この場ではそういった添加物を削ぎ落とせた気がしています。そして優れた演劇人はそういうものをすぐに見抜くと思います。日が経つに連れて身体も心も感じやすくなっていました。それはあの空間が安全だったからです/結果をすぐに求められないことが私としてはとても安心出来ました。どんな現場でもこういう風に丁寧に繊細に誠実に積み上げていく過程を大切にしたいと思います。


- 1st以降、2回目の参加でした。今回は、相手役のへの信頼・繋がりと云うものが如何に大事かを改めて気付かされました。役への思いやりに欠ける事が、今回は多かったと、懇親会や帰り側に話したように思いました。


- 稽古を見ていて、前回、自分がそうだったように、頭では理解していても、一度、身体に染み付いてしまった癖を取るのは大変なんだなと、改めて感じました。


- 非常に有意義な体験をさせていただきました。芝居の深さ、たのしさを再認識した一方で、演じる難しさ・苦しさを体験して、非常に大きなダメージというか、3日を経てもいまだ肚の底がグツグツとして、息苦しい状態が続いています。


- 良い出来のものも、そうでなかったものも、とても勉強になりました。相手との交流がとても大事で、どちらかが必至になって突っ走っても諦めない事、諦めずどうすれば立て直せるかなど、これからのレッスンや仕事に活かして行きたいと思います。


- 自分の中の苦手意識や、こんなキャラクターだろうということや、こうしなければならないという決めつけに縛られて、結果、相手にただ話すというシンプルなことが出来なくなっていました。そして、そのせいで何も生まれないという結果になってしまいました。(相手役)はいつでも、両手を広げて待っていてくれたのに、頼ることができなかった。それは、頼るということと、依存するということを履き違えていたからだと思います。自分の問題は自分で解決しなければならないと思っていて、それが俳優として自立することだと思っていました。もちろん、自分でなんとかしなければならない局面もあるとは思いますが、今回はそうではなかった。結局、自分のことしか考えてなかったのだと思います。そしてそれは、今に始まったことではなく、ずっとそうだったんだと思います/最大限の準備をして、でも、舞台上ではそれにしがみつくことなく、相手に委ねる。場に委ねる。難しいけれど、逃げずに向き合っていきたいです。


- 目の前で起こることに見入ってしまい、題材が何かということを忘れて対話に引き込まれた瞬間がありました。役者同士が紡ぎ出す繊細な駆け引きがとてつもなく面白かったです。また、観客のいないところでの姿と観客が入っての姿は、否が応でも空気が変わったことを感じることができました。その二つともが舞台の良さであり、怖いところだと改めて感じました。あの空間はとてもシンプルで、とても深く役者としての仕事に向き合っている人たちを感じることが出来たと思っています。


- 舞台公演や映像などの毎回変わる現場。長年やってきて、受け身になっていないか?演出家に忖度してないか?自分勝手になっていないか?諦めていないか?毎回、自分の課題を見出して、次の現場でそれを意識しながら克服していく。演劇とは?役者とは?戯曲とは?「思考し続けること」を忘れてはいけないと改めて思いました。毎回生まれ変わりたいと。


- 役としての一貫した「目的」をきちんと定めて、その目的達成のために相手にどう働きかけるのか、ということを、まだまだ体得はできていませんがきちんと改めて考えることができました。これまでもその重要性は教わってきたつもりでしたが、目先のセリフ回しや感情表現に目的を合わせるのではないということを少しわかった気がします。

from actors’ playground 8th w/井上裕朗


- 今回観ていて思ったのは信頼関係をいかに早く作れるかだなでした。それがあれば、怖いを飛び越える勇気も出せるし、一人にさえならなければ相手が助けて持ち直すこともできる/相手がその台詞を言う状況にするには自分はどうしたらいいのか? それを真剣勝負でするとお互いだけでなく、見る側にも伝わるものがある。


- 自分でトライしてみようと思ってた事や疑問も全部クリアにできた最高の時間でした。また次にトライしたいって思えました。みんなが素敵な人たちだったから全力で臨めました。ひとつも悔いや後悔は残りませんでした。絶対忘れたくない経験ができました。


- ここ数年で、自分に【説明型の演技】が身に付いているせいか、頭がどうしても先行してしまい【会話】が出来ない自分と、メンテンスがされてない楽器を持ったことに気づかないまま、舞台にあがろうとしている自分に気づいたとき、ショックを受けました。4場のエクササイズをしてくれたとき、自分の中に幾つか感情が生じ、新鮮な感覚が流れてきたこともありましたが、最終的に、完全に自分の中に閉じこもり、一切周りが見えていませんでした。4日目ローランとテレーズのエクササイズ時、役の行動/目的/感情を疑似体験させてもらった時、「思考を使わず、体で感じたまま台詞を言う」ということを体験出来た気がしました。


- その役にふさわしい行動をとる。その場その場で選択する。休まないこと、きちんと伝えること、などなど言っていただきましたが、最初の二つは特に今後大事にしていきたい言葉になりました。


- 今回あの場に関わらせて頂いてありがとうございました。悔しいし情けないしバッサリやって貰えた事嬉しかったです。今あそこの場所の事を思うと大分、力んであの場に居たのだのだなと思っています。人のやっている事を客観的に観る時に、いかに自分が普段から状態をみてしまっているか。他人を観察できた気でいたか。舞台上で休んでいるか。目的と手段を取り違えていたか。戯曲を読むときこの人はこんな人とか印象で読んでいるか。今思うのは、ただ何かをやろうやろうとしてただけでボンヤリで終わってしまったのだなと思います。


- 素敵な俳優達と出会えて、色々なトライや意見が見れて知れてよかった!作品もとても気に入ってしまい、明日も稽古したいなと思うし、もっともっと深めて全シーンのテレーズやりたいなと思ってしまいました。むしろ公演をしたい位で。6日は短い。でも濃厚な時間でした。外からの意見だったり感想だったりダメ出し等をもらえる場はとても貴重だし、みんながトライしていく中で、沢山の失敗?間違いを沢山見れた事は、凄く良い収穫です/自立した俳優達が集う よりいい遊び場になる様に、俳優個人がもっともっと意識高く居たいなと思いました。


- 正直、今回の遊び場は今までの中で自分にとって一番有意義な遊び場だったと思います。色々な事に気付けたし沢山の事を感じ取れた様な気がします。なぜそう感じたか自分なりにフィードバックしてみると、まず準備が良かったかなと思います。台本を読むこと。シーンについて考えること。役の人物と状況を考え自分の事として想像すること。そんなことが今までより深くできていたんじゃないかという気がします。そして、皆の演技を見て何が出来ていて何が出来ていないのかということを自分に置き換えて考えました。もちろん今までも同じことをしていたつもりですが、何て言うかやり方の方向性みたいなものが違っていた気がします。今回改めて感じたことは、状態を演じない。感情の説明はしない。相手役のために相手役にセリフを渡す。当事者になる。それと明確で具体的なテーマを持って稽古する。全体的にも一日を通しても一回の稽古でも。これを持っている人と持ってない人とでは明らかな違いがあった気がします。とにかく本当に有意義な時間でした。


- エクササイズから始まりシーンに入っていったり等々色々な工夫とアイデアや即興的にうまれる物それに応えてどんどん変わっていく様を目の当たりにできた。それがままならなく、上手くいかない時間も私にはとても参考になった。役者として上手くいかないときの方が多いのでわたしが今この状態ならどうするか?とかも考えながらみられた。フィードバックの大切さ。普段の生活でも大切にしていくべき事柄だと思った。わたしはちょっと苦手なのだけど……発表するのわかってるから自問自答する時間は良かったし、他の人の状態を聞いて見れるのも重要だと/シーンに分けて考えて細かく他の役の人の心情や、状態も読みとくのは今後も使えるので収穫だった。何より、そのシーンの意味から、役作りにまで影響するのは目から鱗だった。(今まではどうしても心情や、感情の方面ばかり考えていた)両面から、役を考えるとか、利にかなってると感動/不安要素があると混乱して閉じてしまう癖は、前々からあるのだが、今回もその癖がでてしまい、焦った。対処法が一つ一つのことをきっちりと、という言葉で、ああ、そうだった。と我にかえった。その為にはやはり、役に対してとシーンに対しての確信が必要だとおもった/感情だよりだったので、その感情を抑える事で芝居が小さくなったり何を表現してるか、わからなくなるのでは?という不安があったのだけどそんな事無いんだなと最終日の通しですこーし体感できた。でもとても冷静だったので、これでいいのかなぁー?と疑問も残っている/自分が芝居した!ってゆうきもちいい感覚なんて必要じゃないんだろうと、おもった。素晴らしい芝居なんて一人ではできないし、それは幻想なんだとおもった。そもそも素晴らしい芝居を目指すなんて、ナンセンスなんだなと……結果なんだろうなと。相手役に影響を与え続ける大切さ、を忘れないようしたい。


- 今回の参加者は、自分が言ったことは自分に返ってくるということを踏まえた上で、人に対して良いことだけでなく、正直にどう思ったとか、どこが悪いとか建設的な意見を言える、勇気のある人ばかりだったと思います。わたしもキャリアとか関係なく、作品やその人のために何が出来るか、何が言えるかを考えて、場に奉仕するということをもっとやらなきゃいけないと思いました。人がやっていることを前から見ていて、以前参加したときより遥かにたくさんの気づきがありました。そのときの心情とか、状態とかを説明するような動きは本当に必要ないということに気づいたのが、自分にとって大きかったです。歩くにしても台詞と同じで、歩き方を考えるのではなくて、相手にどう影響を与えたいか、すべて相手のためのアクションにしていこうと思いました。


- 舞台出演は集中して芝居に関わることができ、心身共に活性化できる期間だと思います。少しでも俳優でありたいと思えば、何らかの形で演技に携わることがより日常的であればあるほど理想だと思います。しかし公演である以上、作品をかたちにするため、力づくで演技をまとめようとしたり、粗さがそのままになっても進んでしまうことも往々あると思われました。演出家に言われなければ良いのかも、と納得してしまったり、自分でもおかしいと思いつつ疑問を置き去りにしたり、無かったかのように忘れてしまうことがありました。actors’ playgroundではそれを曖昧にせず、問題を明確に提示してもらえ、自分に正面から向き合うこと、認識せざる負えない状況を作ってくれます。期間中、シーンの前のエクササイズをはじめどうしてこんなにもわたしのことを見抜かれてしまうのか、という思いでした。actors’ playgroundは以前の、公演に参加できて良かったのだ、というなんとなくの安心や誤認をくつがして自分に戻る場でもあると思います。またメンバーはWSのようなものならではの関係性、期間中のその人の苦しさや喜びの共有、過ごした時間が信頼感をいだかせてくれるので、off?の時間の意見、感想もactors’ playgroundならではで、率直な交換ができることがとても嬉しいかったことでした。これからにつながる意見をもらえました。それとなかなか実際に触れることができない作品を体験できることも喜びでした。

from actors’ playground 7th w/井上裕朗


- 今回のWSを受けて、あまりにもWSの刺激が強すぎたのか今でも強烈に何かが揺さぶられています。楽しかったし悔しかった6日間でした。 でも、それでいいのだと思っています。いずれ、コレを宝物にできるようにしていきたいと思います。普段からの思考や感情というものがどこからきてるモノか改めて見つめられた事がとても良かったように思います。結果や答えや恐怖という事にどれだけ自分がはまっていたのかと怖いぐらいに思い知りました。


- 俳優とは諦めないこと。勇気を持って一歩踏み出す、何度となく聞いた言われたことがここまで実感として怖いことなんだと、でもそれをしなくては何も生まれないこと、思い知りました。シーンにおいて踏み込んで行くこと、本気で相手を傷付ける、そのことで自分が傷付くのを恐れていてはいけないのだと、それは相手にも失礼で不誠実な態度であると。引き裂かれるその想いこそが葛藤で、観ている人にも何かが伝わるのだと。中途半端な目的も明確でない、その場しのぎのものでは何も生まれないことがわかりました。


- 今回の自分の課題は、シンプルに相手と繋がるということを追求すると役づくりとか、そのシーンに確実に書かれている流れを作り出す時にどうすればいいかが明確ではなくなっていたので、そこをはっきりさせること。実際の稽古に実践的に使える自分でのプロセスを確実にしたかったのです。最終日の稽古も迷いながら、だったので最終的にそれなりになったという満足はなかったままでしたが、単なるかたちになってしまう時とそうでなくて自分の行動として、シーンの中での変化や役づくりがあるというのが、確実に分かるようになったと思います!


- 色々な場において、役者の持つ体の癖や、楽になる、場面から役や台本の世界の発見を見つける体験をしました。でも毎回、この発見が続くわけではなく、日頃の意識が何より大事なことだとおもいました。


- 今回参加して本当によかったです。というのは、この数か月すごくしんどくて、演劇をなぜやっているのか、このまま続けていっていいのかという葛藤がありました。昨日まで一緒に稽古していた人が心身を壊して降板していく様を見たり、自分の未熟さで演出家や共演者、スタッフに迷惑をかけて、稽古場にいてもいたたまれない気持ちで、居なくなってしまいたいと思っていました/今回、演劇は楽しいということを思い出しました。それは自分にとって久しぶりの感覚でした。そして、俳優は、ものすごくしんどい場所に自分から足を踏み入れる勇気と、覚悟が必要であることを思い知らされました。


- 密度が濃く、時間があっという間な6日間でした。周りからこれほど沢山の気づきを貰える場は、なかなかありません/シンプルにやればやるほど、役者その人の人間性が役に投影されて、逆に本の新しい可能性が見えたのが素敵でしたし、互いがそれで真剣にやり合えばやりあうほど世界が立ち上がるを実感しました。


- 今朝起きて思った以上に疲れてたことに気づきました。それくらい興奮?した日々を送らせていただいたんだなと実感しました/非常に貴重で大切な経験(15000円をはるかに超える)をさせていただきました。


 - 前回参加した時よりアドバイスも参加者の皆さんの意見もなるほどと理解出来る事が増えていて良い時間を過ごせました。しかし、俳優の意地やハングリーさは前回のほうがあったので反省しています。ワークショップで体感した芝居を自分の根幹にしたいです。


- 6日間のWSを終えて、今まで自分がどれだけ雰囲気でやっていたか、そのことにまず気づけたのが良かったなと思います/最終日、芝居ってこんなに心が動くものなんだと、今まで味わったことのない感覚が自分の中で沸き起こってビックリしました/皆の芝居を見ているときも、日にちを追うごとに気付けてきて、だから最終日の皆の芝居を見ていて変わっていくのが凄く感動しました。一緒に切なくなって、胸がしめつけられる感じがして、涙が出てきそうになったりして。見ている時間も本当に有意義な時間だったと思います。今回のWSで更に芝居が好きになりました。


- 俳優だけが集まる場が、どれだけ貴重で意味のあることなのか、経験の浅いわたしにはまだまだ知り得ないことも多くあるのかもしれません。だけど、こういう場だからこそ、自由に、みなさんの高い熱量で、信念で、お互いに影響を受け合い、豊かな時間が生まれるのだなと思いました/個人的には、自分自身でも前回から成長していることを実感できた実りある日々でした。この一週間でも、日々、進みながら強くなっていくのを実感していました。みなさんからのエネルギーをもらって、日々、本気度が増していくような感覚でした。


- 苦しい2日を経て最終日のみんなの爆発的な開花はこれから先忘れる事は無いと思います/俳優として飛び込む勇気、全部をさらけ出す覚悟、そして作品としてシーンを次に渡して行く時間がそこには確実にあったと思います。こんなに心を揺さぶられる現場に立ち会える事がこれから先何回あるのか、と思える瞬間でした。そしてこれがこの遊び場の本当の姿なのだなと思いました、公演がある訳でもお金を頂いてお客さんがいる訳でもなく、ただそこに俳優達がいる場。勇気を持って傷つけ合う場。そんな場所たぶん他にないです。

from actors’ playground 6th w/井上裕朗


- 戯曲を深めること。皆で共有しながら、状況を考察すること。自分が気づかなかった発想を知ると共に、一緒に演じる俳優と共有することの一体感。共通の言葉が通じると、話し合いやすい。皆で影響を与え受け合いながら、変化していくことは刺激的でした。皆が皆をここまで信用して挑戦できる幸せがここにはありました。戯曲を感情より行動で読みたいと思っているので、その考えを深めるのにもとてもいい場でした。行動することで感情は沸いてくる/人を想うだけじゃなく、想ってくれる人がいると信じること。を実感として感じれたこと。今の自分の状態を知り、良い悪いではなく、それを受け入れてどうするか?を考えるようになったこと。


- 終わって1週間、また別の作品と向かいあっていますが、あの緊張感・奥深さ・濃密な時間…などを作り出すことはやはり難しいです…。でも、6thのみんなといる感覚が残っていて、考えたり思いついたりが楽しいです。ぜひ、今の仲間とも共有できるように奮闘したいと思っています/それともう1つ。普段の人との関わり方が物凄く気になるようになりました。私には得意な方法があると思うのですが、なぜそれを選択しているのか、そしてそうではないチャンネルも使おうと、毎日自分から見えないチャンネルを探しています。


- まずは、サポートメンバーとして参加させてもらったことに感謝します。集中して6日間ひたすら稽古を見続けるという贅沢な体験はそうそう出来るものではありませんが、おかげでいつもより広く公平に戯曲を捉え、芝居や稽古場を観察することが出来たように思います/本当にみんな素敵でした。芝居はもちろん、その取り組む姿勢、芝居への思い、勇気、周りへの思いやり、自分から目をそらさないこと、などなど毎日こんなに素敵なことが起こる空間というのはなかなかないのではないでしょうか/おっしゃっていたとおり、あんなにも安全で純粋な場所はそうそうあるわけもなく、これからも憤慨したり傷ついたり納得できなかったりしながら現場に関わっていくことになるのでしょうが、でも自分を貶めたり何かをあきらめそうになったら、立ち返ることの出来る場所が心の中にひとつ増えました。


- 終わって数日経ちましたが、凄い遊び場を見つけた嬉しさとその場に居られたことに感謝しながら、今も振り返る日々が続いています/遊び尽くした濃密な時間の中で、みんなの取り組む姿勢に刺激をうけ、変化に影響され、たくさんの気づきとヒントをもらって、取り組むべき課題を明確にすることが出来ました/今まで自分の感じたことや考え、自分自身のことを言葉にすることは、言葉を使って表現する俳優にとって大事なことだと思いながらも、すぐに言葉に出来なかったり、間違ってるんじゃないか、ちゃんと伝わらないんじゃないかという不安から「苦手」というところに留まっていた気がします。でもあの場ではそんな自分でいたくないと強く思ったので、日常的に思いを言葉にしたり自分と向き合うということをしていきたいと思います/そして難解で苦手だったピンターの戯曲に取り組めて好きになれたことも嬉しかったです。最初は分からなさ過ぎて、どういうこと?と思うたびに、この人たちのこと理解できない!という考えに陥りがちでしたが、みんなで話し合って理解を深めていくうちに登場人物が愛おしく思えたその課程は本当に面白く、ひとりでは出来ない体験でした。


- 他のメンバーと一緒に考え、そして皆の稽古やトライを見ることが出来る「場」の豊かさを改めて実感した今回でした。もちろん前回「ブルールーム」に取り組んだ時も感じていたことなのですが、同じ役、または密接に関係している役を他のメンバーが演じている今回ではより一層刺激的であり、その助けがなければ絶対に自分はもっと浅い所で終わっていたと思います/セリフに入る前のエクササイズが効果的であることがすごく多くて、そのことに驚きつつ、「絶対このエクササイズは覚えとかなきゃ。いつか使える」と思いながら見ていました。中にはエクササイズそれだけで凄く面白いものもあって、人間が装いのない言葉で会話しているだけで、こんな素晴らしい空間が出来上がるのか……と思うことさえありました。


- 他の参加者のみなさんとの関わりや変化にすごく影響されて、それを正直に受け取って自分も変化することが怖くなく、むしろ楽しくて気持ちいい作業の連続でした/私は人の力を借りて何かをする前に、全部自分で何とかしようとしちゃう傾向が強いんですが、やっぱりもちろんその癖はところどころで出ていたものの、相手役と呼吸を交わして生まれてくる関係の大きさ、影響の大きさはものすごいなと実感しました/今後、課題をクリアするために具体的にやることとしては、まず行動を考えるより、作品や役のことを考える段階でもっとえぐいところまで手をのばすこと。それができたら、そこを信じて誠実に向かっていけば、新しい行動につながるんじゃないかと考えています。もちろん、相手役や仲間との関係性を築いたうえでですね。ぜんぶ、相互に作用しあってるのだと思います/演じることは楽しくていいことだと、久しぶりに思いました。なにか背負うものがあっても、ここは変わらず持ち続けていたいものです。


- 今回自分のウィークポイントとして台本の読み解きに注目してました。台本を読むにあたってどうしても自分の与えられた役の感情に浸ってその気持ちを追ってしまう、そうしようとしてしまう、そうならなきゃと思ってしまう、ともすればそのセリフが何を意味しているのかまったく分からないままただ稽古をしている、ただ喋っているだけの状態になっている事が本当によくありました。実際ここ最近はそれで悩んで凄く苦しい時期でした。総勢17人で一つの戯曲で起こった出来事、3人の登場人物がどういう人達なのか、何故そうなったかの可能性を探る作業を時間をかけて、そして参加している皆に身を委ねながら共有出来る事が何と濃厚な時間だったかと思います。そしてその次は全て忘れてただ行動あるのみでした、家で、あーこうなってたのか!こここうなるかも!と思った事すら稽古場ではいらない事がありました、稽古場で起こった事が全てだったから、忘れるってこーゆー事か、と、出来る出来ていないは置いておいて自分はこんな人間なんだすまん!よろしく!と飛び込めた現場でした。そして反対の事を言えば凄く恐かったです、飛び込む事もトライする事も、ただ途中で皆が皆恐かったんだと分かり安心しました、変な話ですけども。


- 参加させて頂いて、本気であることが、どれだけ大切なことかを痛感しました。全員が、日々、トライしているからこそ生まれる瞬間がたくさんあり、だからこそ、楽しい場でした。参加者のみなさんの、本気の姿をみて刺激を受け、トライすることから逃げない ことができました。みなさんに、本当に、感謝しています。とどまることなく、トライしていこうと思います/みなさんが本気で参加されている中、とっても中途半端な自分に、なんて失礼なことかと悔しくなりました。プロのみなさんの姿勢から学ぶことが多く、大尊敬です。感謝しかないです。皆さんが変わっていく姿をみること、しっかり踏ん張って挑戦していけば豊かなものになるんだな~と…目の当たりにしました。わたしも、皆さんの背中を見て、枠を決めずに挑戦していこう…!と思います。


- エクササイズで感じたもの、皆で話し合って考え意見を出しあったこと、自分一人で読んで感じた台本・役についてのこと、自分自身の発言についてのこと、これらを舞台上に全て持ち込もうとしていました(無意識的にも)。ある種それを正解と捉え、人からの目、印象、評価を気にし…  今思えばそれはもはや芝居をやる意義すら感じられないぞと、とても恐ろしくなってます/だからこそ僕は、台本に書いてあることをシンプルに細分化するということを怖がっていたように思います。そんなことより、漠然と捉えてしまっていたシーンのイメージを、自分色に染めて深くする(深めているという思う)ことで満足していました。結果、逃げていたのだなと。自分からも相手からも作品からも/そしてそういったものを6日間を通して、段階的に毎日確認していけたことが、とても良かったです。6日間のプロセスを経て、主に自分のストッパーとなっていたものを、順を追って再確認し、受け止め/シンプルに当たり前のようにやることをやる。そこにいる人に当たり前のやり取りをすること。シンプルに始まりシンプルに終われた、ということを時間をかけて体験できたことは、とても貴重な大切な財産となりました。


- 発想が凝り固まって、頑なになってしまっていたのが、今ではわかります。このようなことは恐らくこれからも起こりうるので、これが起きないように、また起こっても打開できるように、皆さんの様子をよく思い出しながら、次は取り組みます。心が固まったことよりも、それを打開するための発想が最後まで出なかったことが最大の問題な気がします。他の人はやってたのに。目が曇っていました。


- 本当に貴重な時間を過ごしたんだなと感謝のきもちでいっぱいです。でもそれが、押し付けがましいものではなく、このメンバー、この空間、今の私の状態、みんなの状態なら当たり前なのかなと感じさせられるような普通というか、あるべきしてある毎日とでもいいますか、『安全な遊び場』に、確実にみんなが同じ時を過ごしながら安心して階段を上る、を共有するような、時には細くて一歩一歩段差が違う手すりがない階段を、しっかり安心して登れる階段を、客観視しながらその場にいたり、冷や汗かきかき立ちすくしているような、、そんな現場だったように思います。平気で恥かいて前に進むことが怖くなかった/こんなに素晴らしいカンパニーの一員になれて本当に嬉しいし、幸せ。この現場を作ってくれて本当に感謝しています。


- 今回はようやくフル参加出来て、そしてあまりにも時間があっという間の密度の濃い、素晴らしい時間をみんなと共有できて嬉しかったです。初日の長い長い自己紹介から始まり。肯定し受け入れてくれた「場」だからこそです/どのシーン、みんな愛しく一人一人とペアを組みたい気持ちにもなりました/戯曲では曖昧な読解ではなく、シンプルに役の求めている行動をしていくこと。書かれていることから、確固たる事情、推測される事情、不明点や疑問点を洗いだし、想像(創造)していくこと、選択していくこと、どんな影響を与えたいのか、また相手の反応(行動)を受けて影響を受けるのか。あらためて俳優とはこんなにも忙しいものなんですね。同じところに留まってはいられない、そんな楽や暇はないのですね。まさに体験しました。素敵な時間に浸り抱え込むのではなく、前前へ目的を持って進んで行きます。信頼と愛と勇気を持って。


- 今回は映画の「フルメタル・ジャケット」のような、そんな場だったと思います。エグかったけど、それを共有出来る仲間だったし、もし挫けそうになっても仲間が手を差し伸べてくれるような、そんな仲間だったと思います。色んな視点や感覚を持った人達が多く、それもユニークでした/ただ、このエグさが今回は良かったけど、今後エグさが良い効果を生むかどうかは疑問です。もちろんエグい事が必要な時もあります。エグい事を直接受ける人は多少なりとも萎縮するし、見てるだけで萎縮してしまう人もいるでしょうし。個人差はあると思いますが、俺も一瞬だけショック状態になって頭も身体も完全に閉じてしまった。耐性は個人差だし、更に勇気と体力も気力も必要になる。やり過ぎると振るい落とす事になる。別にそれが目的である場じゃないと思うし、何より大切なのは残酷な事に立ち向かう勇気を奮い立たせる事だと思うので。

from actors’ playground extended w/池内美奈子


- クリエイターとしてどういたい。どうしたい?を毎回問われていたと思う。その度に浮かぶのは、わたしとは何だ!というもう1つ奥の基盤となるわたしの存在でした。自分と向き合うとてもいい機会でした。その上で、どうやっていくか、ポテンシャルの持ち方を、とても前向きな感覚を感じながら知れたのが大きかったです。あと、動きから沸いてくる内面を体感したのも、考えるよりやってみるということを、時としてとても重要だと思っていたので、それも実感できてよかったです。感覚を体感。この連続がわたしに変化をもたらしました。


- 僕が初日に受けた印象として、自分の体を知る、理解する、ということがこんなにも無限大にあることなんだと思いました。実際に自分自身が分かっているつもりでも体はまだ欲していたり、予期せぬ動きをしたりと、これは、体の部位に話し掛けるということからかもしれないけど、物凄い発見でした/自分の体が動きたいように動くというのが、皆さんは結構ダイナミックに動いていたし何か感情が生まれて唸ったり発したりしてたのですが、僕はこじんまりとして、且つ体から動くという感覚が弱かったのは、意識の集中のさせどころが体じゃなくて脳に行ってたのかとか、気持ちを作れていなかったのかとか、色々考えました。この感覚は正直難しかったです。でも、最後の日に言葉では説明できないなにかしらすこーしだけ4日間の中で一番自由に動けていた気がします。もっと確信にできるようにします。


- 一番の収穫は「どうあるべきか」という答えを探しがちだった私が「自分の中の答え」を探す習慣がついたことです。まだ意識して取り出さないといけませんが、自分のやりたいことは何だろう、良いと思う状況や好きな瞬間を今選べているか、常々確認するようになりました。楽しさや好きなものは見つけるものではなくて、自分で選ぶものだったんですね。


- 最近一つの所にとどまって、どうしようもなく凝り固まった身体と心をどうにかしてほぐしたいという思いで参加させていただきました。1日目が終わって一気に視界がクリアになったことに驚きました。いろんなワークをやる中で、バリエーションがなく、なんとなく一つの所にとどまっているなと思った時、自分自身ではなく周りに目を向けることで、影響を受けて先へ進むことが出来ました。芝居をする時でも日常の生活の中でも、人と関わって影響を受けることで先へ進むことができたり、違う景色を見ることが出来るんだと改めて気づくことが出来ました。


- 嘘やごまかしや迷いが見透かされているようで、最初は戸惑ってました。しかしいちいち考えるのをやめようと思ってからは、興味深い時間が過ごせました。僕は、言葉と、身体や思考、あるいは感情なんかが乖離しがちで、そのあたりのバランスが取れてないんだなと思いました。言葉を禁じられた時や制限された時に、かえって自分がやりたいことや思ってることが素直に出てきたりするようです。言葉で自分を守ってるんだなと自覚しました。


- 今回、私が手に入れたことは「探索すること」と「行けるところまで行くこと」。そして、それらを行うために「勇気をもつこと」です。今まで、蔑ろにしていた自分自身と対話し、体と心が密接に繋がる経験ができたこともスゴく大きかった!- 自分の気持ちがくっきりはっきりするようになり、心身がすっきりしたと想います。5日間を通して毎日自分がバージョンアップしていく様に感じました。改めて貪欲に探究する、楽しむということに気が付けたように想います。


- とても刺激的な時間でした。 できたら、もう少し 少ない人数で 受けてみたいと言うのが 素直な感想です。


- 「あなたはどんな人?」「あなたはどう思う?」「あなたはどうかんじた?」「それはあなたにとっていいこと?悪いこと?」「あなたはどうしたいの?」「あなたはどんなアーティストなの?」「あなたはアーティストとしてそれをどうするの?」色々なワークがあったけれど、基本的にずっとそう言われていたと思います/私はずっと、他人からどう見えるのか、他人はどう評価するのか、他人がどう感じるのか、を気にしていたから、ワークが終わったあとに、何かを評価する、ってことを全くしないのが新鮮で、かつ、心許なくて、初日はすごく不安に感じていました/「私の真実を五つリストアップする」というのを教わって、それをやってみて、自分の中ですごく変化が起きました。あの人はこう言う、けど、それは、あの人の真実で、私には私の真実がある。それでいいじゃないの! と思うと、途端に気が楽になり、その後は、とにかく自分がどう感じるか、自分はどうなのか、ということにフォーカスしてみて、その場にいてみたら、他人をちゃんと他人として受け止められるようになりました。


- 非常に有意義な時間でありました。一言で「声」といっても、身体であり、思考であり、習慣であり――。あらゆる方角から「声」という存在に向かって5日間かけてじっくりと歩んでいったという感覚がございました/一次元的な捉え方をしていたのが、一気に多次元なものへと変化し、私の「声」への理解がとても深まり、それを頭ではなく「身を以て」実感し、素晴らしい体験でした。自分の思考の癖にも気づくことが出来、日常生活にも色々と変化が生まれそうです。社会に生きていると、どうしても扉を閉じてしまいがちですが、定期的にこうやって役者の器を磨ける場所があるというのは、私としては非常に有難いことです。この機会に感謝いたします。

from actors’ playground 5th w/薛 珠麗


- 私はある先輩俳優さんに「20代のうちはヒロインを目指しなさい」と言われて、その意味を問いながら、又しんどいなぁと思いながらやってきてたんですが、今回戯曲を読んで、自分ならこんな勇気出せない、こんな行動できないという事がたくさん描かれてて、それがつらくてつい逃げ腰の行動をとったり放棄したりしてシーンが成立しなくなるっていうことがありました。ヒロインの責任というか、それは甘えだったなぁという気付きがありました。この人たちは勇気を持って行動するからわざわざ戯曲に登場してるんだなぁと。


- 何度も壁にぶち当たり、それでもなかなか越えられなくて、きっと理解も出来てなくて、戯曲の解釈もとんちんかんな事を思ってたりで、凄く歯痒かったです。気持ちは物凄くあるのに、届かない悔しさと、不器用な自分と、読み取りと読み込みの浅さ?もっと言うと何でこの意味が分からないんだろうとかいう低いところで戦っている自分の今の実力に焦りと不甲斐なさを感じました。もちろん、努力と追求、探求が足りてないということも解っているので、本当に自分の限界のその先までもがかなければと強く思いました。そして、相手との受け答え。普段会話は普通にできるのに、いざ舞台上に立つとそれが受け答えになってなかったり、相手の台詞を聞いてない、心が動かされて言葉が出てきていない等、最後まで繋がることが出来てなかったように正直思います。会話というものがなんなのか分からないということにも陥ったりしました。そういった基本的な事や、自分の中の課題を一つ一つ穴埋めして、且つ次のステップに向かえるように、まずは基盤をしっかりしていこうと思っています。


- 6日間、アクション・相手との関係・相手から貰うもの、を大事にしたところ、セリフの意味ではなく、相手とのつながりが言葉を紡いでいくような、濃密な関係をもった瞬間が現れた気がします。WS中は起きてから寝るまで作品のことばかり考えていました。熱中して苦しんでご飯食べるのを忘れるほど、楽じゃないけど楽しいWSでした。


- 東京に出てきて、初めて演劇をする場が「actors' playground 5th」で、本当に良かったです。これからお芝居をしていくうえで、大切なことを学ばせて頂きました/「自信」、ちゃんと持ててなかったです。自分が自分を信じてさらけ出すこと、その勇気と覚悟をもつこと。まずは、自分を見つめ直すことから始めようと思います。


- 足りなかったのは真摯に聞くこと。感じること。そして素直に丁寧に返すこと。一人相撲に陥り、自家中毒のようになってしまった/プランとか解釈とかでなく、その場で相手に対して真剣である方々は、見てて感動的でした。これまでも幾度となく見せてもらっていたものです/まずはしっかり相手と関わること。最初から最後までそれを追求すること、その基盤がないと何も積み上がっていかないこと。僕の今回の教訓です。


- 6日間、あっという間でした。実際に動いている時間より見ている時間の方が長かったですが、その時間で得られるものがとても多かったと思います。相手ありきで芝居が変わる。と実感出来たことが本当に大きかったです。それはまだ強く強固なものではないですが、体感出来たことは、同じものを目指している『playground』だったからだと思いました。また、飛び込み挑戦できたらと思っています。


- 今回のWSは、全員が真剣で、出来る限り相手と関わろうとしていたのが、本当に素敵でした。普段の頭でっかちを捨てて、出来るだけ相手との関係からシーンを作っていこうと思ったら、最初に台本を読んだ時に考えたものと、まるで違うものが出てきて/今回のペアだからつくれたシーンになったのが、とても嬉しかった。ただ、思いがけないところに行き過ぎて、「これでいいんだろうか?」って頭が働いてしまったところがあって、悔しいです。折角、何をしてもいい場を作ってもらっていたのに/今回の一番の収穫は、相手役と台本を信じていいんだって分かったことです。


- 行動を決めたら、あとは目の前の人と話すだけ。私の場合きっといろんなことをやろうとすることが、相手とつながる妨げになると思います。だから行動はよりシンプルに明確にしたほうがいい。自分を良く見せたいと思って自分のまわりから芝居を作っていこうとするところがものすごくあるなぁと思ったのが、個人的な感想でもあります。見ていて素敵なシーンって、どちらかに目が行くとかではないんですよね。


- 今回は新しく生まれるものへの可能性を信じてあげられる余裕がなかった様に感じました。いつも新鮮な気持ちで相手と関わることを改めて実感しました。そしてその過程をもっとちゃんと見つめてあげるべきだなあと。目的のことももっと相手に働きかけられる様になりたいと切実に思いました。また挑戦していきたいと思います。


- 今回はいつもの通常企画とは当然おもむきが異なって、台本稽古の色合いが比較的強かったですが、それでも、中日を過ぎた頃から皆の空気感がとても密になってきて、この遊び場の持つ「場の力」のようなものを感じました/俳優が舞台に立つ為に必要な要素:「覚悟」「言い訳しない」「自分(のポテンシャル)を信じる」という事、本当にその通りだな…と深く共感しました。実際、覚悟を決めた参加者が、発表本番では稽古時の何倍もの強さを持って勇敢に板の上に立ってる姿を目の当たりにして、ジーン…ときました/今回は私はB参加ということで、皆の稽古をずっと観て過ごしましたが、各ペアの演技を観てると、いまその二人はちゃんと関わり合えているのか否か…という部分が、ハッキリと観て取れて、客観的に観ればこんなにも分かるのに、いざ自分が演じてる時にはなかなか気づきにくいモノなんだな…と感じました。自分が演じてる時にも、常にこの客観的な視点を失わずに保つには…といった点を、今後も探って行きたいです。


- シンプルなことを丁寧にするは自分が演っていても、他の人を見ていても大切だなと感じました他のペアでそれが出来ている時は観てる方にも色んなものが見えてきましたし/あと、遊び場はフィードバックを必ずするというのも良いなと思いました。私たちペアも自主稽古より、フィードバックで、お互いどう感じたか検証できたのも良かったなと。毎回同じことがなく、新鮮に楽しめたなと/発表の時に感じたのは、転換で、シーンに出来ている空気を壊さないように別グループが転換していて、作品を共有しているなと。本当に豊かな6日間でした。


- 今回、二回目の参加でした。前回と比べると参加人数、シーン数共にかったせいもあってか、エクササイズよりシーンスタディに使う時間が長く、シーンを見ていた人に感想を求めたりすることがあまりなかったので、参加者の方々と共に戯曲で遊ぶ感覚が持てなかったと云う印象がありました。ですが、担当のシーンが同じ方のを見られるのは、やはり勉強になりました。同じ役を演じていた、お二人は僕にとって強烈に印象に残ってます。


- 本当に濃い時間を過ごすことが出来ました。「相手に影響する/される」ということを考え続けた6日間でしたが、それこそがやっぱり芝居の根本だなと改めて。そして演技というのは、とてもスリリングで、不安定で、だからこそ強烈に楽しく、何より勇気が必要な行為だな、というのがこのWSを通して僕が感じたことです。自分を守った瞬間に、芝居は死んでしまうんだなぁと。


- 今まで、会話で、何故受けとれず、伝えられない、という問題が起きているのが、どういう状態になっているのが理解できずにいました。今思えば、 大切にすべき、人とのつながりをもてないまま、まわりを右往左往していた感じです。 今回のWSで、それが幾分、掴めてきたような気がします。それはうっすら得られた身体感覚で、体全体から頭にもつながり、感覚、思考、台詞を言うこと(或いはそれ以外の行動にも?) につながるのだと認識しています。それが途切れずにいるとき人と人は居られるのだと思います。それが続けられた時、それなりのものではありますが、戯曲やシーン、人物への解釈、強いては演技プランもが、それぞれ突出せず流れていくのではないか、と思います。


- 今回のワークショップB参加でずっとみていたんですが毎日新しい発見ばかりで/戯曲というものをちゃんとみるのは今回がほぼ初めてで、自分の中で戯曲ってすごくカッチリした堅いイメージがあって、正直少し抵抗がありました。台本もWS前に読んだときは全然意味がわからなくて/でもWS始まって皆さんの芝居、演出をみたり聴いたりして、毎日わからなかった綻びが少しずつ紐解かれていきました。「こういう解釈をするんだ」「こうすればここの会話が成り立つんだ」「この人はこうゆう捉え方をするんだ」毎日発見ばかりですごく新鮮で刺激的な一週間でした。途中から自分も芝居したいなーとうずうず。新しい出会いもたくさんあって、役者としていろんなアドバイスをもらえたりして、参加してよかったと本当に思いました。


- 相手に言う、ってのは、どういうことなんだろう。それがまだ掴めたり掴めなかったりする。というか、言葉にするときに、本や言われている言葉で言えるところはあるのだけど、いまいち納得して自分から言葉を出せないでいる/たぶん、僕にとって、相手に言う、ってのは、危険なところに踏み出す、どうなるか分からないところに行く、みたいな感じだ/相手がどういう人か知る、ってことの大切さに気づいた。役の上でも、その人自身のことでも。そこから相手に働きかけるってことに繋がるなぁと/自分に向かっているときは、うまくいかない。相手に(外に)向かっているときは、なんだかうまくいく、良い感じ/もっとトライをしたい。たぶん演じるなかで傷つくことも増えるんだろうけど、そんなところに向かって行きたい。

from actors’ playground 4th w/薛 珠麗


- 今回僕がチャレンジングに参加出来たのは「ここは遊び場である」「失敗上等」の空気感が全体にあったというのがもっとも大きいと思います/やはり毎日のフィードバックの時間は意識的に取ってよいと思います。作品・テーマについて、参加者の皆さんと意見を交わすのは作品理解の大きな助けになりましたし、自分にない見方や見識を得られるのはとても貴重だと思います。


- 私はどこか相手役を敵だと思っていて。相手になめられたくない、相手に勝たなきゃ、相手よりいいものを出さなきゃ、というような雑念?怨念?みたいなもので頭が一杯でした。だから相手の言っている台詞で心を動かされることがほとんどなかった。相手の台詞が全然聞こえてこなった。だけど、今回は初めて相手の台詞が聞こえた気がします/このPLAY/GROUND Creationの心意気どおり、否定から入るのではなく、肯定から入って的確なアドバイスをくださって、それが本当に力強い支えになりました。信じて貰えることが、こんなにも力強い支えになることを初めて感じました。だから、それを受けて私も相手を信じることが出来たように思います。


- 純粋に作品に向き合える時間で、あっという間でもあり、何週間か経っている気もする、不思議な6日間でした。発表の時には、発表という事を忘れるほど、1つの作品として見入ってしまい、自分が目指していたLIVEとしての芝居がありました。もともと集中して参加されている方々だと思うのですが、更に発表があるという事で、全体の集中が増していて、より濃密で実験的な時間になっていて、発表するという事の大切さも、改めて実感しました/また、相手に行動していくという事は、相手役をどれだけ感じられるか、人物の人生に対する覚悟が持てているかが根っこで、そもそも、それが無ければ、行動していけないんだなと思いました。


- 発表を通しで見ていた中でも、特に素敵だった瞬間、ペア同士が同じ空間で、同じ空気を吸って、同じ時間軸を生きているように見えたのが印象的でした。役としても俳優としても、バックグラウンドも今やっていることも違う二人の人間の息が合う、ということは、それ自体が感動的なんだなと思いましたし、本当は、それがすごいことなのではなくて、息が合うところからがスタートなのかもなと、思いました。作品の構成上、自分の後に出てくる登場人物も他人とは思えず、エールを送りたくなっていたので、尚のこと、息や時間の流れを意識したのかもしれません/actors' playgroundに来ると、わたしは毎回、知らなかった場所に連れていってもらって、危険な橋を渡って、それを楽しんでいる自分や、絶対の信頼を持って、危険を冒してくれる相手に出会うことができます。そして終わった後も、自分の今後の長期的な課題が見つかって、それと闘うための旅が始まるようなイメージです。次に遊び場に来るときは、もっと強く、豊かなわたしで相手と向き合えるように、進化し続けたいと思える、大事な場所です。


- 今回はなんと言うか、役者として深い滋養のある時間だったように思います。僕にとって役者をやること、続けていくことは不安に感じることです。その不安から逃れるためについ冷めた視線になって結論付けたり、テクニックを求めたりすることがよくあります。ところが、今回はそういったことを横に置いて、改めて演じることの面白さを目にして、体感し、意識を大きく広げてもらえました。それはその場に居たみんなの姿のおかげだと思います。


- このペアで行ける面白いところ、を目指せたことがとても新鮮だった。目の前の相手と今出逢い、積み上げていくことでたどり着ける場所。普段は1つのゴールを目指しがちで生きずらくなるのだけど、そんな苦しさが全くなかった。まさに、遊ばせてもらえた。同じシーンでも人が変わればもちろん変わるが、それを如実に見ることができ、お芝居の可能性をとても感じられた/ワークショップなんだからやってみようよと、普段はなかなかチャレンジできないことをやらせてもらえた。それによってガラッと変わるみんなも見れた。


- 公演に入ってしまうと当然、時間制限がある中で取捨選択が求められ脳ミソがパツパツになり客観的なもうひとりの自分もいなくなり…邪念も入り…その結果として戯曲と役の可能性を狭めてしまっている自分にも気付かされました。この場所では誰でもがフェアに存在し関わりを持つことが出来たのが一番の魅力だと思います。そこには卑屈さも、不必要な謙遜もなくて、互いを認め合い尊重することで相乗効果として全員が高め合うことが出来ました。誤解を恐れずに書くと、未熟な役者が“勉強させて頂きます”“至らない部分がたくさんあり…”どの現場でも飛び交う言葉で自身も毎回口にしてきました。謙虚さは必要でその心をなくしてはいけないと思っています。しかし、ワークショップに参加し戯曲に取り組む中で、その言葉を自分の逃げ道として使っていないかという問いが生まれました。その言葉で、無意識のうちに戯曲と役に対して、最終的には現場に対して受け身でふわふわと存在してしまっていたのではないか。今回は、その言葉が入る余地がない濃密な時を過ごすことが出来ました。全員が現場と戯曲と役に対して、自ら歩いていったようなイメージです。無理矢理押されたわけでもなく、走ったわけでもなく、そこに導かれるのが必然のようにスーッと一歩また一歩と進んだ感じです。だからワークショップが終わった後に燃え尽きたりせずにこの歩みの先に向かって、また明日から続きを踏み出していける気がしました。


- シーンスタディというより、稽古により近かったかなという印象でした。14組もあったから難しいとは思いますが最終日、発表前にシーンを1回やってから発表出来たら嬉しかったです。発表前に全員参加のエクササイズが出来たら良かったと思いました。


- 今回初めて参加させて頂けて、本当に幸せでした!かなりの試行錯誤を繰り返し、みんなで模索し、最終的には凄く素敵なかけがえのない時間を全員と共有できるという、もう言葉にならないぐらいの濃密な6日間。演劇は本当に楽しいですね。それを再認識させて頂き、演劇だけにどっぷり浸かるという最高に贅沢な時間。心からありがとうございました。


- いゃー楽しい時間を過ごさせて頂きました。これは、御世辞ぬきですよ!有名無名、性別、年齢差ぬきで真摯に作品を創り出すことの楽しさ、素晴らしさ!!


- 僕は他の方のシーン観てるの凄く楽しかったし勉強になったし、役的にも生きることが多かったです。でも演出家がいるということの難しさで、もっと皆でシーンの話したり、他の人のシーンにもどんどん意見出来るような試みがあったり、そういう時間がちょっとあるだけで作品理解がより深まったかも、という気もしました。各組の話は出来たけど、他の人と他のシーンの話もガツッとやってみたかったという感じです/参加する皆さんの演劇愛に支えられたいい企画だと思いました。

from actors’ playground ver2.01 w/井上裕朗


- スポーツみたいに「やるぞ」っていってすぐできたらいいなあと思う部分と、そうじゃないから面白いんじゃないか、と思うところがあるけどもっともっと共通のルールが浸透していけば日本の演劇も変わっていくのかな。


- 5日間で、印象に残ってるのは「台詞は行動、行動の結果、感情が生まれる」っていうのと「感情にはその瞬間名前なんかつけられない」っていうこと。感情解禁のver.2だったし「感情」って扱いが難しいなと思ってたからすごい勢いでメモしました。


- 最終日の稽古が全編エクササイズになった事、そしてその内容も「えげつない」と何度も恐縮されてたけれど、いえいえ、私はあの最終日の稽古内容は本当に英断だと思ったし、一つ一つ全てのエクササイズがそれぞれ、メンバー各人に本当に有効に働いて、その結果、成果発表があんなにも素晴らしい出来になったんだと思います。「えげつなさ」を、シーンを立ち上げる為に自分で有効に活用する事が出来るメンバー達だったし、そういうスキル(信頼だとか、相手と関わる気持ちだとか)を持ててるのは、ver1で培って来た土台があるからこそで。そこに尚且つ「真摯さ」とか「誠実さ」とかを上乗せ出来る良い俳優ばかりだったと思います。そこを信じてくれて、だからこそ「えげつなさ」を私達に委ねてくれたんだな、と思えて、私は逆に嬉しかったです。メンバー皆の事、ちゃんと信じてくれてるんだなあ…というのが伝わってきて。


- 最終日は、なんだか今日で俳優人生が終わるような心持ちで臨みました。自分が、俳優としても人間としても、あまりに小さな存在に思えて、共演者があまりに偉大だったからです。終わった今、ちゃんとやれたかと言われると甚だ自信がないのですが、なにか生まれ変わったような、妙な感覚があります。ふわふわしてて、まだ落ち着かない感じです。働いたりする中で、人と話したりして、舞台や映画や本なんかに触れて、少しずつ日常に戻りつつ、あの稽古場で得たものを日々大切に思い返しています/あのスタジオに、とりあえず自分のありったけ置いてきて、気づいたら元々持ってたものよりはるかにすごいものが手に入った感じです。わらしべ長者みたいな気分です。


- 今回このワークショップ的な集まりは短期間でありますが、芝居を作る過程において稽古場となんら変わらないと思いました。そこで一度も聞こえてこなかった「すいません」。シーンをやり、言ったこと言われたことに関して、とにかく考え、次を恐れずチャレンジしていく/いろんなことが分かりました。いろんな気づき。これは今だから分かることで、芝居始めたころにこのワークショップ的な集まりに参加してても全く気付かなかったと確信しています。


- この10日間を経て、今まで漠然としていた、俳優として生きていく意思が、いつの間にか、しかし確実に、固まっていました。稽古場にいる時だけでなく、バイトをしているときも、友だちと遊んでいる時も、生きている限り、全部が俳優修行なんだなあと、感じられるようになりました。それが、何だか、とても嬉しかったです。


- 稽古の間に、シーンが終わってから感想を言い合うというのも今思えば珍しいことだったと思います。普通の稽古場では、演出がやはりここの解釈はこう思う、こう見えるからこうしようと主導していくので、もちろん飲み会などで、共演者から、今日の稽古ついて話し合ったりすることもありますが、シーンが終わった直後、真っ先に見ていたみんなの感想を感想を聞ける、というのもこの遊び場ならではだったとおもいます。ただ、感想をいう立場になった時、自分の感覚への自信の無さから、初めは感想をいうのを躊躇してしまっていました。あってるかどうかはともかく、感じたこと、思ったことをもっと素直に言えればよかったと思いました。この遊び場はそれが許されている場なのだと段々と気づきました。芝居でも、それとおなじ感覚から、正解を求めすぎ、挑戦できないことも多いので、そこが反省すべき点だなと思います。


- 戯曲を読むこと、それでもって、相手に言うこと、この2点が、僕にとって核になったことだった。戯曲を読むとき、書かれていないことやその可能性、いわゆる妄想にいたるところを考えることがままあった。事実から出発して、役や俳優がより動くような想像や解釈をすることが大切だということを実感した。戯曲に対して、能動的に読む、という感覚。その足掛かりをもらったと思う/エクササイズ、シアターゲームから、演じることへの繋がりを意識できたのも良かった。身体的な感覚から出発できた。それはとても助かった。

from actors’ playground 3rd w/井上裕朗


- 心がカッスカスな状態で初日でしたが、みるみる満たされていきました/あの稽古場のあの時間達は本当に僕を助けてくれた。本当にありがとうございました。


- 辛抱強く、そして個々人の状態にあわせて、即興的にプログラムを組んでくださったこと、溢れる情熱と愛情で向き合い、5日間この場を作ってくださったことに心から感謝もうしあげます。本当にありがとうございました!!このワークショップに参加できてほんとうによかった。その場にきちんといて、相手と密なコミュニケーションをとること、場を共有しつながりを保ち続けること、信頼関係を築くこと、シーンの目的にそって行動をしつづけること、これらずっと熱望していたことがこのWSには詰まっていました。


- 話すと言う事の大事さ。話そうと思うから考えをまとめる。話すから考えが転がっていく。話したから次に行く。話すという3次元の出来事を改めて確認したこともよかったな。演劇が楽しくなった。それにむかって行こうと思うことができる喜び。ああ、わたしはこれがほしかったんだなあ。と思う。原点回帰。


- とてもとても濃密な5日間をありがとうございました。あの場に行くのが怖かったり不安だったり緊張したり…しましたが「安全な場所」だと、だからチャレンジして欲しいと伝えて下さったからより多くの事を学べたのだと思います。大切にしたい事、今の自分が悩んでいる事や考えている事のヒントをたくさん頂きました/この遊び場をこれからも是非続けて欲しいです。そして、また参加させて下さい!!


- 自分の行動や発言に責任を持ち、自分のためではなく、前の相手やお客さんに最大限の魅力を見せるよう、尽力する。ああ、それが自立するということかと。それをすることを怠って、ただ逃げていただけなんだな俺は。やってるように見せていいわけしてきただけなんだな、と。本当に目からウロコで、その言葉を、しかし優しく傷つけないように、言ってくださったことに、心から感謝します。


- 私にとってこの5日間は、濃密で、発見に満ちていて、そして、参加された皆さんの優しさや、強さや、勇気や、人や演劇に対しての愛を、たくさん感じることが出来た、とてもとても幸せな5日間でした。また、俳優として今の私に足りないもの、出来ていないこと、例えば想像力、台本を深く読み込む事、自分の気持ちや考えていることを整理して勇気を持って発言する事、その場や相手とのつながりを保ち続ける事等々に、改めて気づくことが出来たのは、大きな収穫でした。足りないものは意識して補うようにしたいと思っていますし、出来ていない事は出来るようにするために、今回の場で学んだ事を大切にして、とにかく努力し続けていきたいと思っています/集まった皆さんが皆さん魅力的で、心優しくて、人への愛があふれていて、その上で、芝居に対しては厳しい眼差しを持って、困難な事にも果敢に挑んでいらっしゃっていた姿は、本当に素晴らしいと思いました。


- 俳優の可能性はいくらでもある。の。色んな発見があって。濃密な基地では、コミュニケーションの可能性を突き破って膨らまそうとしていた。うまく言葉にできないけど。愛情深い素敵な人達と出逢えたことに感謝してます。


- 今回のこの体験を感想として全てを言葉に表すためには、おそらくもう少し時間が必要そうです。それくらい多くの何かが自分の中に渦巻いており、あの場にはあったと思います。今、一番、自分のなかで印象に残ている事は「恐怖」だと思います。人とかかわりあうことの恐怖、人を変えようとする意思をもった言葉を放つ恐怖、人を変えてしまった時の恐怖、そして自分を変えられてしまうのではないのか?という恐怖。いろいろな恐ろしさを経験しました。しかし、その怖さを持っていてもなお、戦っている人が、もお可愛くて愛しくて美しくて格好よくて!そして、自分もそうなりたくて頑張ろうと思えば思うほど、もおこわくてこわくて大変だった!自分がこんなにもビビりなことに気づけて、恐怖を知れて良かったです!


- 僕にとっては、会話が劇になるっていうのはこういうことか、という気づきがとても感動的でした。同時に、戯曲を読む楽しみや、演劇を見る楽しみも、また新たに教えてもらえた気がします。


- 俳優だけの今回の企画は本当に有意義でした。ぜひ継続していきましょう/あのように芝居を創る現場は本当に少ないと感じているので大変貴重な体験でした。もっともっと翻訳劇や古典を演りたいです。


- 3日間観させていただきありがとうございました!この3日間はとても濃厚な時間でした。いろんな役者さんの魅力的な演技を観れて、それからのフィードバックがとても楽しかったです!そしてまだまだ足りない見る力を鍛えていきたいと強く思う3日間でもありました。


- Bの立場での発見について。一番大きかったのは、Aの人より全体のことを見えてる可能性でした。みんなで話したことの記憶、全体を通すと、人が忘れていることも覚えているとか、、、それだけ割り振られた個々のシーンに没頭する可能性があるのかなとか。それも大切なことですが、演じる側だから見失うことがあるという部分なのでしょうか、無意識に見失ったり忘れることもあると、自分にもあり得ることとして、うまく言えませんが、感じました。客観的にみることの気づき大切さがありました。

from actors’ playground 2nd w/井上裕朗


- 今回のWS的なもので、僕が得た大切なものは、やはり仲間と今回の作品です!現状では、それらがどう繋がっていくのか分かりませんが、何となく今後、何かしらの形で繋がって行くんあだろうな~と思っています。1週間で1公演分(もしかしたらそれ以上)の人との繋がりが持てる空間でした。短期間でそれだけの繋がりが持てただけに、それがなくなるのは苦しかったです。が、僕は幸福にもやる事がたくさんあるので、今は日々目の前の事をやっつけて、自分の中に吸収していってます。


- 今回も3日間の参加でしたが貴重なかけがえのない場をありがとうございました。出会えたこと、共に居れたこと、嬉しくもなんだか気恥ずかしく、なんだかあまりにも途上で(きっちり終われることなんてありませんが)、もどかしい気持ちでいまだにうずうずしています。前回参加したからこその感覚かもしれません。もっともっとと/全体の印象では今回前回以上に全員参加感を感じました。ゲームにしても各シーンのエククササイズにしてもとても一緒にやっている、その場にいる、共有している感じが強かったです。『actors’playground 』素晴らしい場です。シンプルな演劇体験を、俳優修行をこれからも重ねていきたいです。惜しみ無くそそいで。世界への、目の前にある愛のために。生きていきます。


- ワークショップとても濃い時間でした。終わってから持って帰ったものもたくさんありました。振り返って次また別の作品に向かう時や普段生きていく上で、今回学んだことがどう自分で進化していけるかなあとずっと考えていました。ちゃんと相手を信頼して、会話をするという一番大切なことを改めて感じることが出来ました。


- 僕は、たった2日半しか参加できませんでしたが、とても楽しい時間でした。余計な気負いとかもなく、ただ戯曲の事を考えるためにみんなで話しあって。幸せでした。ここ数年、自分は芝居をしちゃいけないんじゃないか、芝居ができるようにならないんじゃないかという不安がずっとあって、少し芝居をしてもいいのかな、と思える時間でした。


- 2度目の参加だったので、色々と気負う部分(さすが2度目といわれたいとか思っちゃったり)がでてきちゃわないかしら、という不安があったのだけど、始まったら、新たな発見が多くて、人が変われば意見も違うし、読めば読むほどまだわかってなかったことも多くて、2度目だからどうこう、というのはわりとすぐになくなりました。B参加で、すべてのシーンスタディを観て、みんなが日々良くなっていくのを見つめていくのは本当に幸せでした。初期段階で「この人こういう癖あるな」「ちょっと気になるかも」って思っていた部分が、5日間で皆いい方に変化していったので、最終的には全員好きになってて、役にも俳優にも愛が増した気がします/あと、みんなが感想をどんどん言うようになって、それも実はすごく嬉しかったです。どんな感想でも俳優が自由に言える場所があるってすごくいいし、その感想をいうときのささやかなマナーみたいなものも、言葉にせずとも共有できてる気がしたので、これを皆で持ち帰ったら、色々な現場で少しずつ風通しが良くなるんじゃないだろうか、って希望を持ちました。


- まず、難解と思い込んでいた戯曲を、大勢の他者と話し合い解析していくことで、こんなにも読み解け、作品や作者や登場人物に愛情を感じられるのだ、ということを、恥ずかしながら初めて発見した気がします。むしろこれまでどの位自分が戯曲解析において甘い認識でいたのかを確認出来ました/他人の芝居を観て具体的に感想を言うという行為を、これまでさほど積極的に考えたことがなかったので、これは良い意味で自分を鍛えられました。


- このワークショップ(←という言葉を使うのを避けていらっしゃいましたが)を、俳優が安全でいられる【場】として成立させることに成功していたんだ、と思います。それは、もちろん参加者全員が能動的に求めて初めて生まれるものだと思います。口で言うのは簡単だけど、実際に実現させるのはすごく難しい。だって、つい、いろいろ怖くて他のことばっかりに気をとられて、優先順位を下げちゃうもの(俳優だけの場だから安全、とは直結しないと思うので)全員を「その気」にさせる、ロジックの説得力とその奥にある強い思い、が、オセロのように白を黒に(逆?)塗り替えていった感じがします。


- めちゃくちゃ感想や想いはあるのですが、一言で言うと、今回参加させていただいて、本当に良かったと、その一言です。そして、今回の皆さんとの出逢いは、ただ出逢ったんじゃなく、同じ場を共有した仲間であり同士でありファミリーであり、本当に普段じゃ築けない糸で僕達自身も繋がれた気がします。皆さんからも吸収するものも多くて、一人一人がもつ個性、姿勢がどれだけ毎日刺激になったことか。本当に役者としてあの場を過ごせたことは幸せですね/最終稽古前のエクササイズは地獄でしたが、皆さんからの反応が意外に良くて、色んな意見を聞けて、また新たな発見と価値が見出せた気がします。


- 今までで一番、演技をすることではなく、相手とやることに集中できました。台本はあるけれど、登場人物は相手の返答次第で人生が変わるんだって思ったらもうドキドキ。端からどう見えてるだろうとか、ここはこうしなきゃという私自身の雑念が自分でも驚くくらい排除されていて、ただ相手と向き合えたことが本当に嬉しかった。一人じゃできない、という言葉の意味を、体の真ん中で感じられました/たった5日間しか一緒にいなかったとは思えないほどみんなと距離が近づいて、こんなことあるんだと感動しています。


- しっかりと刻まれたもの、得たもの、見直さなくてはならないもの、たくさんたくさん。終わった後も、まだまだ発見出来そう。この5日間で大好きになった人、愛すべき人達がぐっと増えて自分でもびっくり。とりあえず頭が働いてない。


- とても繊細で大胆で安全で興奮と感動があった稽古場だった。この企画に参加できたことをとても嬉しく思っています。確実に今後の糧になると思います。


- 自分の感情や想像に頼るのではなく、まず、きちんと台本に書いてある事実から読み解いていく。どんな小さなことでも手がかりを探していくと不思議とその小さな手がかりが積み重なって、大きな手がかりになっていく。それでも理解しがたいことがある場合は、自分がその人物であったらどのような思いを持ち、相手をどのようにしたいと思うのか、その結果相手にどのような影響を与えるのか、ということを冷静に、時には1人で、時には皆で話し合い構築をしていく。こういった作業は今までの私ははしてこなかったものでした/安心して遊ぶことの出来る“ground”が足元に出来ていく感覚でした。それはとても素敵な感覚だったし、私にとっては驚きでした。その安定した“ground”があるからこそ、足元を気にせずに自由になれる。actorsplaygroundは「俳優にとって安全な場所」でありたい、とおっしゃっていましたが、まさに俳優にとって安全で自由な場所というのはあの5日間の空間であったし、あの空間は、そういった作業を経て皆で作り出した空間だったと思います。しかし安全な場所、“ground”はゴールではなく、そこからがスタートで。そうやって出来た“ground”の上で俳優達がお互いにいかに自由に、いかに不安定で、いかに生々しく遊べるか、そういったことが本当に大切にすべきことだし、面白いことなのではないかなと思いました。


- 本当に、今回のワークショップに参加出来てよかったと心から思います。2日間だけの参加でしたが、とても濃い時間を過ごすことが出来ました。発表を見て、5日間で作り上げた信頼関係のなか、相手に委ねる、相手と楽しむことに集中している皆さんが本当に素敵で、静かな興奮を覚えました。


- 今回のワークショップ(的なもの)は、本当に俳優のための贅沢な時間だったと思います。初日におっしゃっていた、「安全が確保されているからこそ危険な場所へ行ける」というお言葉を、最初聴いたときは素敵だなあと思っておりましたが、あの五日間を経て、ただ自分が守られるだけではなく、わたしも、共演者を守れる俳優でありたいと、強く感じました。そして共演者と、舞台の上でより危険な場所へ行くためには、お互いへの信頼や愛、期待が必要不可欠だと、今、思っています。

from actors’ playground 1st w/井上裕朗


- 『遊び場』の名の通り、立場の上も下もなく、老若男女関係なく、全員が全力で本気で「遊んだ」結果、シンプルで繊細で、だけど勇敢で力強い「居方」を体得出来ちゃった、という、目から鱗の5日間。俳優としてかけがえのない宝物を得ました。…やってる事は結構地味なんだけど。


- やってやろうとあれこれ意気込んで稽古をスタートしたものの、やり甲斐のある作品、ただシンプルに相手と話すという全てを削ぎ落とした作業をするのに、私の準備では太刀打ち出来なかった…。そこで私がとった行動。今までの自分のやり方、芝居の作り方を全部捨てる。これまでのやり方を捨てるというのは、俳優に限らず簡単なことではない。躊躇せず何故そこに飛び込めたかというと、相手役、そして稽古場にいる人全てが心から信頼出来る人達になっていたということ。本気で見て、本気で感想を言ってくれる。そこは私にとっては、これまでなかなか経験したことのない空間となっていた。評価を気にせず試せる場所。これは私にとって、そして俳優にとって必要なのではないかと思う。これを共有出来る仲間が増えたら、それは楽しいし、心強いことだと今は思う。


- 演出家やプロデューサーや劇団主宰がいないワークショップ、っていう場をせっかく作ってくれたので、とにかく、保身やら今後のことやら忘れて、ちゃんと芝居のことを考えていよう、と思って参加したのだけど、本当に芝居のことだけ考えていられて、とても楽しい5日間でした。これが『演劇』だとしたら、私は素直に、演劇が好きだ、って言えるなぁって最終日に思いました。あとは、やっぱり危険地帯にいる人をお客さんは見たいんだなーっていうのが本当によくわかりました。危険地帯にいるのに、踏ん張って立っている人、キワキワのところを歩いてる人、が、やっぱり面白いし、同じやりとりなのに全然違ってみえて、それは本当にみんなすごかったですね。勇気をもってそこに立つ人は、どんな人でも魅力的にみえるんだ、っていうのはすごい、私には希望でした。


- 今回のWS、参加できて本当に良かったと思いました。こんな有意義に過ごせると思ってなかったです。芝居するの久しぶりすぎて、稽古場に行く前は、「どうしよう、逃げ出したい、、」と思っていたのですが、すっごく楽しくて、「あ~自分がこんなに夢中になれるものあったんだな~」って思いました。


- さんざん言われる「聞く」こと。「聞く」ってなんだろうってずっと悩んでいたのですが、今回確かに「聞く」感覚をつかむことが出来ました。そうしたら以前は出来なかったこと…言われてもすぐ身体を変化させることができない、積み重ねることができない、などが出来るようになって、大きな自信になりました/私が芯だと思っていたものは、鎧だったみたいです。それがわかって本当に有意義な時間でした。鎧を脱いだら出てきたこのすごく不安定で頼りない細っこい芯を、育てようと思います。


- 観ること演じること感じること、互いの空気を保ち続けること、そして共通の意識を持つことがとても重要なことなんだと実感したワークショップでした/私の今後の課題は、自分に起こった変化に気がつけるようになることだと思います。今回得るものがとても多く、これを忘れずに次へ繋げられるよう切磋琢磨していきます。


- 稽古4日目、我々のシーンに明らかな変化があったとき、皆から受け入れられたような気がして他のシーンのあらゆる言葉などがいつもより心に響いてきた、あの感覚。その為には、台詞の目的をよりはっきり、相手を動かすことだと思った。なぞらず、表現しようとせず、戯曲に書かれたまま、ありきたりの表現に陥らず自らを曝け出す勇気。そして集中力。


- やはりシンプルに誠実に舞台に立っている役者にいつも心を浄化されます。ワークショップに参加する度に、もっと意識を高めて望まなければと。反省ばかりですが、今回はじめてワークショップ発表をやり、正直こんなに稽古なしで人に観られるのは恐くて仕方がなかったです。でもみんなを信じて楽しめました。


- 他の場の稽古を見ることと見た上で意見を建設的に述べることの大事さも分かりました。エクササイズを行った後のみんなの芝居の変わりようも興味深かったです。発表会は遊びと勇気という言葉に後押しされてあれやこれや考えずに集中して臨めました。もっと勇気を持って自分を開くことが学べたことが一番の収穫でした。これからも遊びと勇気を忘れずに芝居に取り組みます/今回のワークショップでぼやけていた自分の芝居の軸がハッキリしました。今回体感出来たものがそれです。俳優という仕事をやることに誇りを持てるし、俳優をやってる人たちをリスペクト出来るようになるワークショップでした。


- あの5日間は、これまでキャリアらしいキャリアのない僕の、それでも10年以上は続けてきた演劇人生で、たぶん最高の時間でした。オーディション形式のワークショップに落ち続けていて、なんとなく合否のないワークショップも受けてみたい、と応募したのですが、望外の成果が得られました/演技ではなく、相手に対する具体的な行動を大事にすること。これも効きました。板の上、一瞬一瞬が辛くなります。しかしそれは相手や状況に対していることだという実感も得られました。もっと辛くなりたい。と言うと変な趣味みたいですが、今そういう気持ちです。


- 「読み方を決めて臨んでしまう」ことをご指摘頂きました。確かに、今までの現場でも何回か指摘されたり、指摘されなくても稽古が進むにつれ自分で「ん?」という違和感が生じ、でも誤魔化してしまったり… ということがあって、今回の稽古ではそれをしっかりご指摘頂いたことが、一番の収穫だったかな、と思っています。多分、無意識に自分の得意な読み方を選択しているのだと思います。ある種、自分を一番「守れる」読み方。それじゃだめだと、頭では分かっていたつもりなのですが、無意識に、つまり癖となって出ている。のかなと。稽古後半でそれを一度捨ててみたら、そのシーンの、新しい違う表情が見え、皆さんからもその方が良い、変わった、と仰って頂けた。自分の中で革命が起きた感覚はありませんが、台詞、外的目標に対する取り組み方を変えると、こういう反応が起きた!という体験が出来て嬉しかったです。


- 今回自分が得たものとしては、相手と空間の共有、攻めること、です。こういう機会を開いてもらい、ほんとに良かったです。良かった、良かったです。何回も良かったって書きたいくらい。


- みなさんとてもすてきでした。私にとっては俳優たちにネガティブではない負荷が大きくかかっているのが、面白いなと思いましたし、理想的と感じました。公演を目的とした稽古だともう少し様子が違ったのでしょうけど。愛情ですね。次の1公演、2公演くらいは迷いなく稽古に臨めると思います。


- 私は初日と最終日しか来られないという変則的な参加で、正直に言うと、本当に悔しい思いをしました。おそらく、結果が全ての演劇であれど、あの初日からの飛躍を遂げた最終日を見て、いったい何をどうしたらこの境地に辿り着けたのかと羨ましく、その過程を目撃できなかった悔しさと、また、あの場に立てなかった悔しさとが綯い交ぜになりました/今回のワークショップは、ほんとうに意義のある、そして勇気を貰えた場でした。同じ視点で、同じ共通言語で芝居を語れる・目指せる現場(しかも演出家ではなく俳優同士が!)というのは、最近あまり無かったので、ショウアップする以前の、ただお互いの為に居て、ただ戯曲の台詞を相手のために発する、というシンプルなことを突き詰められる空間は、すごくすごく刺激的で、とても幸せなものでした。


- あの場があったからみんな勇気を持って挑戦出来たのだと思いますし、演出家によく見られたいとか、お客さんにかっこいい姿を見せたいとか、邪心といったら失礼なのかも知れませんがそう言ったことなしに純粋に役に作品に相手に向かうことがやっぱりみていて面白いというか、心にずっしりくるものになるんだなっと深く思えました。


- 俳優という仕事にはいろいろな形があります。人を憂わねば人に非ず。一人の人間が、決意し、腹を決め、人を巻き込んでいく。それ自体がすでにドラマチック。遊び場に真剣に遊びに行ったら、とんでも体験ができました。楽しく真剣に遊ぶ。なんて豊かなんだろう。 自分をさらけ出し、心柔らかくありたい。


- 今回、貴重な機会をいただいて、自分でも常々大事だと思っていることにフォーカスして取り組ませていただきました。時間中、「どういう人だこの人は」といったような優れた俳優さんたちの輝きに浴して、たぶん自分は(できるだけ冷たくであろうとしつつ)うっとりと見入ってしまっていたなぁ、と思い起こされてきました。少なくともあの地下にいた時間の分だけは心を蘇らせてもらえた、とも思います。どう低く見積もってもその分だけは自分の糧にさせていただけました。


- 3日間の参加ではありましたがわずか数日の事とはまるで思えない凝縮した時間でした。物凄く密度の濃い充実でした。結果発表での1場から9場の奇跡の繋がりに感動しました。あの場にいれて影響を与え合えたことが嬉しいです。私の志す目指す方向や基本はやはりこれなんだと想いを強くしました。


- 2日目から参加させていただいて、最終日まで。役者って、芝居の下手な人っていないんじゃないかな。ただ、戯曲の真の部分を理解してないことを自分自身が気づいてないだけで、あせって固定観念を作ってしまっているだけじゃないのかな。だって、エクササイズをすると生まれ変わったように演者が光りだすから。目から鱗が落ち、心が晴れ晴れとし、感性に覆い被せていたヘドロがすっきりと取れたワークショップでした。だって、いつもは気にしない人の笑顔が輝いて見えるから。僕は、誰になんと言われようとも今回のワークショップは、最高だったと思います。


- 短い5日間という期間でしたが、自分にとっては、大変長く貴重な5日間でした。舞台経験も無い、役者・俳優としても今回参加していた他の方々と比べてしまうと、まだまだ実にすらなっていない自分には勿体無い、素晴らしい時間でした。


- 初日は、スタートとあって、これからどのような場になっていくかの模索、お互いを知っていく最初の段階での緊張感が多少はあったと思います。そこから最終日、5日間で育んだ強固な信頼関係は、創作の上で理想的な発展を遂げ、見学していても感動しました/俳優にとって、現場に行く前に、安心・安全・実験できるような場が必要だとずっと思ってきました。でもなかなか見つからない。ならば自分で作るしかないなと企画もしてきましたが、理想の場を発見した思いです。それは、これから創作していく私の未来の明るい希望にもなっています。

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